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素戔嗚尊(すさのおのみこと)をまつり、祇園祭を取り行う神社

八坂神社の西楼門

▲八坂神社の西楼門

八坂神社は、京都では「八坂さん」と呼ばれて親しまれ、祇園祭を行うことで知られる、京都有数の神社です。古くは祇園社と呼ばれ、全国にある約3.000のハ坂神社の総本社となっています。祇園天神、あるいは牛頭(ごず)天王などと呼ばれることもあったようです。
厄除けや商売繁盛にご利益があるとされて、たくさんの参詣客でにぎわっています。

その始まりは、社伝によれば、656(斉明天皇2)年、高麗から渡ってきた八坂氏の祖が、朝鮮の牛頭山にまつられていた素養嗚尊(すさのおのみこと)の神霊を勧請し、667(天智天皇6)年に社殿を建立したこと。

しかし、一説には876(貞観18)年、常住寺の憎・円如が神託により牛頭天王をまつり、牛頭天王が祇園精舎の守護神であるところから祇園杜と称したとも言われ、ほかにも説があり、はっきりしたことはわかっていません。

なお、牛頭天王とはインドの祇園精舎の守護神で、もともとは災害や不幸をもたらす疫病神でもありました。素養嗚尊と同じ「荒ぶる神」ということで、習合されたと考えられます。荒ぶる神をまつることで、医学の発達していない時代には恐ろしいものだった疫病除けにしたのでしょう。
牛頭天王は薬師如来が姿を変えたものともされます。これも疫病除けからの発想と考えられます。

祇園社は、創建以来、朝廷からも民衆からも崇敬を集めました。
なかでも平安時代初期の972(天禄3)年に御霊会が行なわれた際には、神泉苑に長さ2丈(約6m)の鉾を66本立てて、疫病退散を願ったものが年々盛んになり、ついに京の大祭となりました。これが今に伝わる祇園祭です。

鎌倉時代に入ると、祇園社は武家の崇敬を集め、室町時代には足利将軍家の産土神とされました。そして、江戸時代には京都の街のたくさんの氏子に支えられ、洛中の信仰を集めました。
1868(慶応4)年、現在の社号である八坂神社に改めました。旧社格は官幣大社です。

境内にたくさんの摂社が集まる。

四条通の東端、東大路通を歩いていくと、朱塗りの美しい西楼門に至ります。八坂神社の正門は下河原町通に面する南門ですが、現代では西楼門がメインの入り口となっています。
境内の奥の方へ、ゆるやかな坂の参道を上ると、提灯がぶら下がる華やかな舞殿の前に出ます。提灯にはお茶屋や飲食店の名前が記され、町衆の支持を受けてきた歴史が感じられます。
そのすぐそばに荘厳で美しい本殿が立っています。素戔嗚命は、この本殿に主祭神としてまつられています。日本神話を代表する乱暴者だけに、疫病や怨霊などに対して絶大な力を発揮すると思われていたようです。

八坂神社の境内には、摂社がたくさんあります。摂社とは、さまざまな事情により、神社内にまつられるようになった境内社のことです。
これらの摂社の中には舞妓さんや芸妓さんたちに信仰されている美容の神様や、料理人に支持される刃物の神様などもあります。本殿だけでなく、これらの神様への参拝客が多いのも、八坂神社の特徴です。

美御前社

▲美御前社

八坂神社は京都を代表する花街である祇園にあり、水商売の女性が行きがけや帰りがけに立ち寄ったり、早朝に散歩する人が境内から湧き出る御神水を持ち帰ったりします。夜間も立ち入り自由となっており、参拝客が途絶えません。

頼りがいのある強い神様、素戔嗚命

八坂神社の主祭神・素戔嗚命は、日本神話では、乱暴者で姉の天照大神(あまてらすおおみかみ)を困らせることも多かったけれど、一方で、八岐大蛇(やまたのおろち)を退治した強い神様として描かれています。

素戔嗚命が出雲国の肥の河(斐伊川)上流の鳥髪にさしかかったとき、老夫婦が娘といっしょに泣いていました。 老人は「私は国の神大山津見神(おおやまつみのかみ)の子で、足名椎(あしなづち)、妻は手名椎(てなづち)、娘は櫛稲田姫(くしいなだひめ)といいます。
私たちには8人の娘がありましたが、高志(越の国)の八岐大蛇(やまたのおろち)が、毎年1人ずつ喰ってしまいました。今年も来る頃なので、泣いているのです」と言いました。

素戔嗚命は櫛稲田姫を櫛に変えると、髪に刺しました。そして、老夫婦に「垣根をめぐらし、8つの門をつくって、それぞれ強い酒を置くように」と言いました。すると八岐大蛇が現れ、8つの門から酒を飲み、寝てしまったので、素戔嗚命は十拳剣(とつかのつるぎ)を抜いて、大蛇を斬り殺しました。
大蛇の尾を切ったとき、刃が欠けたので見てみると、大刀が出てきました。のちに素戔嗚命はこの大刀を、姉の天照大神に献上し、草那藝之大刀(くさなぎのたち)と名づけられました。

素戔嗚命が出雲国の須賀まで来て、須賀の宮をつくると、雲が立ち上りました。そこで、歌を詠みました。
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣つくる その八重垣を

素戔嗚命は櫛稲田姫を妻とし、出雲国の基礎をつくりました。息子の大国主命(おおくにぬしのみこ)は、それを受け継ぎ、大八州国を平定して治めました。

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