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時空を超えて不思議な力を操った陰陽師、安倍晴明をまつる神社。

晴明桔梗

▲晴明神社の神紋「晴明桔梗」

晴明神社は平安時代中期の陰陽師、安倍晴明を祀る神社です。晴明没後の1007(寛弘4)年、一条天皇の勅旨により、安倍晴明の邸宅跡に、晴明を祭神として社が建てられたのに始まるとされます。

ただし、『大鏡』などの平安時代の記述をもとにした推定では、安倍晴明の邸宅は、晴明神社から600mほど南東へ行った、上京区上長者町通西洞院東入あたりにあったと考えられ、多少のズレはあります。いずれにせよ、内裏から見て鬼門の方向にあたり、帝を守護する役割を負っていたことが伺えます。

さて、陰陽師とは陰陽道、すなわち陰陽五行説に基づいて天体を観測し、占いや祈祷を行う術者のことです。
当時の人々は、疫病の流行や天変地異は怨霊の仕業だと信じていました。そのため、災いをもたらしている怨霊が誰の怨霊なのかを見抜き、それと闘う力や、星の運行をもとに天変地異を予測して、災害を未然に防ぐ力が求められました。
安倍晴明は天文学や暦学を修め、村上天皇から5代の天皇に仕えて天文博士として天文学や占いを担当し、怨霊の活動を防いで国を守る責務を負っていました。

伝承によれば、陰陽師は普通の人々の目には見えない、式神と呼ばれる童子の鬼を駆使して術を行います。安倍晴明の家では誰もいないのに戸や門が開いたり閉まったりしたとされていますが、これも式神のしわざでした。
その力はよい方に用いれば死者をも甦らせ、悪い方に用いれば人を呪い殺すことができると信じられていました。
安倍晴明には、藤原道長に献上された瓜に毒蛇が仕込まれているのを見破ったり、敵対する陰陽師・蘆屋道満(あしやどうまん)に殺された人物を呪文を唱えて蘇らせたり、といったエピソードが残されています。

堀川通を歩いて行くと、五芒星の紋章が入った大きな石の鳥居が見えてきます。その鳥居をくぐり、幽霊伝説が残る一条戻橋の欄干が立つ参道を抜けると、すぐ境内です。
五芒星は陰陽道の護符のひとつで、世の均衡が保たれた理想的な状態を表わします。西洋でも、さまざまなまじないに使われます。
五芒星は、社殿に吊るされた提灯など、至るところに描かれています。

陰陽師は映画やマンガ、小説などに数多く描かれ、晴明神社は今では京都で最もポピュラーな神社のひとつとなりました。境内は常に観光客でにぎわい、修学旅行生にも高い人気を博しています。
また、毎年9月23日に行われる例祭「神幸祭」では、少年鼓笛隊を先頭に神輿の巡行が行われ、京都の秋祭りの先駆けとなっています。

【晴明神社を含む京都観光コースガイド】

「陰陽師」の晴明神社と西陣をめぐる

【公式ホームページ】

晴明神社

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