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坂本龍馬をはじめ、維新の志士たちが眠る神社

坂本龍馬と中岡慎太郎の像

▲坂本龍馬と中岡慎太郎の像

江戸時代の末期、佐幕派と尊皇攘夷派が激しく対立し、多くの事件が勃発して、前途有為な若者たちが命を散らせていきました。そんな幕末から明治維新にいたる間、国事に奔走して倒れた各藩の志士をまつるため、1867(明治元)年、明治天皇の勅旨によって建てられたのが、京都霊山護國神社です。

我が国最初の官祭の招魂社である京都霊山護國神社には、池田屋事件や禁門の変などで亡くなった志士たち549名が埋葬されています。境内背後の霊山を登っていくと、山腹には、坂本龍馬・中岡慎大郎・木戸孝允・大村益次郎・高杉晋作・久坂玄瑞・吉村寅太郎・頼三樹三郎・平野国臣・宮部鼎蔵らの墓があります。

境内には維新の志士たちだけでなく、1853(嘉永6)年以降の殉難者や日清戦争・日露戦争・第二次世界大戦で亡くなった兵士たちの霊もまつられており、その意味でもとても重要な神社です。

明治天皇の詔が発せられたとき、公家や諸藩らは喜んでそれぞれ招魂社を建てました。この当初は社号を霊山官祭招魂社といいましたが、年代が下って1939(昭和30)年に志士たちを合祀した社殿が建立され、それに伴って京都霊山護國神社と名前が変わりました。昔の名残か、京都市民の中でも高齢の方の中には、京都招魂社あるいは京都神社と呼ぶ人もいます。

京都霊山護國神社の一帯は明治維新史跡公園となっています。墓地に至る道は「維新の道」と呼ばれており、墓地を通って山頂に登ると、京都市街を見渡すことができます。
霊山の下には高さ24mの霊山観音があります。これはある篤志家によって、太平洋戦争で亡くなった200万人の英霊を弔うために、1955(昭和30)年に建てられたものです。

また、京都霊山護國神社の隣には霊山歴史館があり、坂本龍馬が斬られた刀や、龍馬が高杉晋作にもらった短銃など多くの史料が展示されています。幕末の歴史や人物が好きな方は、ぜひ訪れてみて頂きたいスポットです。

【京都霊山護國神社を含む京都観光コースガイド】

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【公式ホームページ】

京都霊山護國神社

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