余白

「夢記」の明恵の純粋な魂が今も息づく山寺

高山寺

▲高山寺

高山寺は京都西北部の栂尾(とがのお)の山の中にたたずむ静かなお寺です。「古都京都の文化財」のひとつとして世界文化遺産に指定され、寺宝の『鳥獣人物戯画』は、日本史ではおなじみの史料として知られています。

高山寺の始まりは、奈良時代末期の774(宝亀5)年。光仁天皇の勅願によって華厳宗の神願寺都賀尾坊が建てられ、平安時代初期に天台宗に改宗して都賀尾寺と称しました。

その後、荒廃し、神護寺を再興した文覚によって再興されて神護寺の別所となりました。しかし、文覚が佐渡に流罪となると、また荒れてしまったため、文覚に師事していた明恵(みょうえ)が、1206(建永元)年に後鳥羽上皇から院宣を得て華厳宗の復興をはかり、高山寺と号しました。

高山寺を特徴づけているのは、この明恵の存在です。明恵は青年の頃から死ぬまでの約40年間、夢の記録を書き続けました。その活動はユング派の心理学者・河合隼雄の『明恵 夢を生きる』などによって語られ、精神世界に興味を持つ人にとって、とても重要なお寺となっています。
「夢記(ゆめのき)」の内容は、まるで夢が宇宙への扉であることを確信していたかのようです。

明恵は9歳にして父母を亡くし、高雄山に上りました。その日の夢として、こんな記録をつけています。

死んだ乳母が、体の肉を切り刻まれて散らばっていた。その苦痛は激しいものに見えた。その女は日頃から罪深い者であることを思い合わせて、たいへん悲しく、きっと僧になって、この人たちの後世をも助けるために精進しなければならないと思った。

一見、残酷な景色に思えますが、これは「死と再生」の象徴であろうと、河合隼雄は書いています。新しい自分に生まれ変わる決意を固めたということです。

その後も、池の水が少ない夢を見たら、「修行が足りないのではないか」と反省するなど、夢を解き明かすことで智恵を得て、自分を仏の境地に近づけようと、修行を積んでいきます。

さらに明恵は右の耳を切り落とすという行動に出ます。これは「釈尊は世俗を離れるために髪を剃ったが、今では僧侶は髪を剃るのが当たり前になっている。しかし、釈尊の志を継ぎたい。かと言って、目をえぐれば経典を読めないし、手を切ったら印を結べない。耳なら切り落としても、音が聞こえないわけではない」と考えたもので、痛みに耐えながら仏眼仏母尊の宝前で釈迦如来に祈っていると、眼前に文殊菩薩が現れたと伝えられています。

修行で超能力を身につけた明恵

善財童子

▲石水院にある善財童子の像

明恵は鎌倉仏教の創始者たちのように、一派を成そうともしませんでした。瑞々しい感受性と孤高の精神をもって、ただひたすら釈尊に近づこうとした、稀有の魂の持ち主であったと言えます。

興味深いことには、明恵は修業の過程で千里眼を身につけたようです。手洗いの桶に虫が落ちたり、小鳥の巣が蛇に襲われたりするたびに感知して、弟子たちに、「助けに行ってやれ」と命じています。明恵と夢、明恵と超能力は切っても切り離せません。

清滝川の横から参道を上り、菱形の敷石が続く坂道を歩き、さらに急な石段を上ると、深い森の中に建物が現われます。
高山寺は俗気というものが、全く感じられないお寺です。山腹に点在する堂宇や茶園などをめぐり歩いていると、心身が清々しくなるような気がします。精神世界に興味があるのなら、一度は行ってみたい特別なお寺です。

【高山寺を含む京都観光コースガイド】

清滝川に沿って、高山寺から神護寺へ

【公式ホームページ】

高山寺

楽天トラベル

風の旅TOP(全国)

余白 京都観光コース 京都のお寺と神社 京都の桜 京都の紅葉 京都のホタル 京のことの葉
余白 風の旅 京都観光街めぐり 京都のお寺と神社