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大地の「気」が湧き出る、京都の水源の神

貴船神社、参道の石段

▲貴船神社、参道の石段

貴船神社は、水神を祀る神社です。創建年代は明らかではありませんが、反正(はんぜい)天皇の時代の話として、次のような開創伝説があります。

※反正天皇は古代の大和朝廷時代の天皇で、中国の歴史書に記された倭の五王、讃、 珍(彌)、済、興、武のうち、珍に比定されています。

浪花(なにわ)に玉依姫(たまよりひめ)と名乗る女性が現われ、黄船あるいは木船に乗り、「この船の留まるところに社殿を建てて、神様を大事にお祀りすれば国土を潤し、庶民に福運を与えん」と言って、浪花の津から淀川に入り、鴨川を遡り、貴船川へ上がってきた。

貴船川と鞍馬川が合流するところで梶を取り直して、進路を変更した(そのため、この辺りを今でも梶取という)。
玉依姫はさらに貴船川を遡り、水源を見つけた。そして、「この神を崇める限り、国家は安泰である」と言って、祠を建てた。

玉依姫は、日本神話では神武天皇の母にあたります。玉依姫が乗ってきた船のまわりには石が積まれ、それが「船形石(ふながたいわ)」になったと言われ、今も貴船神社の奥宮にあります。

また、伝説ではなく、史料として、666(白鳳)6年に社殿の建て替えが行われた記録も残っています。ということは、少なくともその前には社殿があったことを意味しますから、反正天皇はともかく、相当に古い時代に創建された神社であることは確かでしょう。

しかし、「貴船神社」という社号が定まったのは意外に新しく、明治時代になってからです。それまでは「貴船」は「木生根」あるいは「木生嶺」と記されていました。大地の気が生まれ、湧き出る場所という意味です。玉依姫が乗ってきた黄船あるいは木船が由来であるとも言われますが、伝説とのつながりはよくわかっていません。

貴船神社は賀茂川・鴨川の水源地であることから、水を司る神として崇敬を集めるようになりました。実際、貴船神社の辺りを歩いていると、単に「清々しい」という言葉では表現し切れない、もっとずっと濃くて強い浄化する気のようなものが立ち籠めているのを感じます。

※京都市内をYの字の形に流れる川は、上流の左側(西側)を賀茂川、右側(東側)を高野川といい、合流すると鴨川と呼ばれます。賀茂川をさらに遡ると、貴船川に出ます。

古くから「恋の神様」として信仰あつく

和泉式部貴船神社は、大きく分けて、本宮と中宮である結社(ゆいのやしろ)と奥宮の3つから成り立っています。このうち結社には、磐長姫命(いわながのひめのみこと)がまつられています。
磐長姫命は、日本神話ではあまり美しくなかったとされますが、貴船神社では縁結びの神として信仰されています。結社は本社から川沿いの参道を300mほど上がったところにあり、古人はススキなどの長い葉を結び合わせて、願いをこめました。

平安時代には多くの貴族が参詣し、恋多き女として知られる平安時代の歌人・和泉式部も、夫への想いは一途であったらしく、心変わりした夫の愛情がもどるよう、結社の磐長姫命に祈り続けて、ついに愛を取りもどしたと言われています。
そのような伝説もあり、また、境内には2本の木が1本になった「相生(あいおい)の杉」などもあって、今では京都を代表する恋の神様のひとつとされています。

なお、貴船神社をめぐる場合、手前から奥へ向かって、道順に「本社→結社→奥宮」と歩きたくなりますが、正式なお参りは、「本社→奥宮→結社」の順とされています。
巡る順番には何の根拠もないかも知れませんが、もしかしたら深い何かがあるかもしれません。たとえば「その方が、より強くエネルギーを受けやすい」というような…。

本サイト管理者は、神社やお寺でまつられている神霊や仏は実際におられると思っています。そして、古来からの言い伝えは、無視しない方がよいと考えています。しきたりや礼儀を守り、敬虔な心でお参りしましょう。
とは言え、自分自身は道順でまわってしまいました。私は中年オヤジで、子どもも大きくなって恋はもういいですし、入り口から奥へ向かっても別に悪くはないと思いますので…。

水の神・恋の神から心願成就の神へ

水の神とされた貴船神社には平安京の勅使が詣でるようになり、日照りには黒馬が、長雨には白馬が朝廷から奉納され、3段になって流れ落ちる「雨乞いの滝」で、雨乞いや雨止めの儀式が行われていました。ときには生きた馬に代えて「板立馬」が奉納されることもあり、これが絵馬の起源となったと言われています。
水の神としてまつられている高龗神(たかおかみのかみ)は、地元の人々からは「おかみさん」と呼ばれて親しまれています。

本宮 手前に黒馬と白馬の像が立っている

▲本宮 手前に黒馬と白馬の像が立っている

貴船神社は「気」に満ちているためか、水の神や恋の神としてだけではなく、いつしか心願成就の神とされるようになりました。そして、心願成就が行き過ぎて、「丑の刻参り」の神社ともされました。これについては、貴船神社の伝説をご覧ください。

貴船神社は朝廷からも民衆からも深く崇敬を受け、延喜式神名帳には「山城国愛宕郡 貴布禰神社」として記載され、延喜の制では名神大社に列しました。のちに二十二社の一社とされ、1140(保延6)年に最高位の正一位の神階を授けられました。旧社格は官幣中社です。

本社の奥宮の間には、ここに記してきた「船形石」「相生の杉」「雨乞いの滝」のほかにも、伝説や謂われにもとづくさまざまな木や岩などがあります。
見所が多いのも、貴船神社の特徴です。

【貴船神社を含む京都観光コースガイド】

天狗伝説が残る源義経ゆかりの地、鞍馬山

【公式ホームページ】

貴船神社

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