七草がゆ

古代の日本では、米は蒸して食べられていました、これを「強飯」(こわめし)といいます。それに対し、煮た飯は「姫飯」(ひめいい)、 略して「ひめ」と呼ばれました。おかゆのことです。
米を煮るようになったのは、平安時代のこと。『源氏物語』ではおかゆを「湯」と表記しています。また、1107年に成立した『讃岐典侍日記(さぬきのすけのにっき)』には 「粥」の字で記されています。
京の都に暮らした貴族や僧侶は、朝食におかゆを食べていたようです。
「かゆ」の語源にはさまざまな説があり、炊湯(かしぎゆ)、濃湯(こゆ)、食湯(けゆ)、加湯(かゆ)、形緩(かたゆる)などから転じたといわれています。

このかゆに春の七草(七種)を入れたものを七草(七種)がゆといいます。新春に芽を出すこれらの七草を1月6日に摘み、1月7日の朝に食べると1年間病気をしないという言い伝えがあります。
七草摘みについては、百人一首の中にある光孝天皇の歌が、よく知られています。

君がため 春の野に出でて若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ

もともとは中国で、1月7日に7種の草を煮て、健康を祈ったのが、奈良時代に日本に伝わったもののようです。
「7日」は、「人日」とも呼ばれます。これは1日を鶏の日、次いで狗、猪、羊、馬の日と決めて、それらを殺さず、7日を「人の日」として占ったことによります。

ただし、七草は奈良時代、平安時代には吸い物とされており、かゆと結びついて七草がゆとなるのは、鎌倉時代から南北朝時代にかけてのことのようです。 その後、江戸時代には、武家から庶民に至るまでの生活に根づいています。
正月料理は煮しめたようなものばかりで青物が少なかったので、それを補う意味もあったのかもしれません。


七草がゆをつくるとき、昔はまな板の上に火ばさみ、すりこぎ、ひしゃく、おのなどを置いて、包丁で七草をたたきながら、おかしな拍子の歳時唄を歌いました。

七種なずな、唐土の鳥が日本の土地へ渡らぬ先に七草たたいてトントントン

そのあとで軽くゆでて、ゆで汁は風呂へ入れて香りを楽しみました。
今では、そんなことをする家はほとんどないでしょう。
歌中に「唐土の鳥」とあるのは、中国の伝説上の「鬼車鳥」という怪鳥で、好んで小児を害するとされていたものですが、今どき、そんな歌を怖がって、七草がゆを食べる子どもなんていそうにないですし…。


さて、春の七草の名前と薬効は次のようなものです。

芹(せり) 食欲増進、健胃によい。
薺(なずな) 下痢、腹痛、肝機能や腎機能の調整に効果がある。
御形(ごぎょう) せき、のどの痛みによい。
繁縷(はこべら、はこべ) 整腸作用があり、母乳の分泌を促す。
仏の座(ほとけのざ) 高血圧を予防する。
菘(すずな) かぶのことで、整腸作用があり、食欲を増進させる。
蘿蔔・清白(すずしろ) 大根のことで、整腸作用があり、食欲を増進させる。


草の苦味と甘味が風情を感じさせてくれます。

京都では、1月7日、伏見の御香宮神社で先着300人が七草がゆを食べることができます。ただし、有料です。

自分で七草がゆをつくると、スーパーで買ってきたパックの七草に、つい白菜やら鶏肉やらを加えてアレンジしてしまうので、こういうところで、正しい七草がゆを頂くのもよいかもしれません。


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