白峯神宮

白峯神宮は、幕末に孝明天皇が崇徳天皇を再び讃岐の白峯陵から都に招魂して平安を得ようと発願したのがきっかけとなって、1868(明治元)年、明治天皇の時代になって創建された神社です。
崇徳天皇は、平安時代末期、保元の乱で讃岐に流されて亡くなった天皇です。孝明天皇は幕末の激動を経験して、世の中を平穏にしたいという願いをこめたのでしょう。
祭神には崇徳天皇ともうひとり、奈良時代に恵美押勝の乱のあと廃位されて淡路島に流されて亡くなった淳仁天皇が祀られています。いわば悲憤のうちに亡くなったふたりの天皇の魂を慰める神社と言えます。

しかし、今日の白峯神宮は、崇徳天皇と淳仁天皇の神社としては、ほとんど知られていません。「サッカーの神様」ということになっています。
それは、鞠と和歌の宗家である飛鳥井家が明治維新で東京に移った際、その邸宅跡に建てられたため、飛鳥井家が代々祭ってきた蹴鞠(けまり)の神、精大明神(せいだいみょうじん)が境内に摂社として残ったことに依ります。

蹴鞠の面白さは、「和をもって尊しとなす」の精神に基づいて、美しく蹴ることにあります。勝負を楽しむスポーツとは異なり、相手の受けやすい鞠を送ることが肝心です。

蹴鞠は、約2300年前、中国の春秋戦国時代に斉で行われ、日本へは約1400年前に伝来しました。
蹴鞠を行う鞠庭(鞠場)は一辺約12.6m。8人で蹴るのが正式です。背筋を伸ばして摺足(すりあし)で進み、三足目に右足の甲で蹴ることになっています。 鞠は2枚の鹿革を馬の背革の帯でとじ、開けた小穴から大麦の粒を詰めて形を整え、卵白で固めたあとに麦粒を抜いてつくったもので、蹴ると「ポン!」と音がします。
鞠を受けるときには「アリ」、自分の前に上げるときには「ヤア」、ほかの人に送るときには「オウ」と声をかけます。
それには伝説があります。平安時代後期の公卿藤原成通は、千日間蹴鞠の練習をするという誓いを立てました。誓いを貫徹した夜、祭壇に置いた鞠が転げ落ち、そこに顔は人間で手足と体はサルのような姿をした3人の鞠の精が立っていました。 鞠の精たちの額には「春楊花」「夏安林」「秋園」の金色の文字が書かれており、藤原成通を守護することを約束して、姿を消しました。
この「夏安林」が「アリ」、「春楊花」が「ヤア」、「秋園」が「オウ」の掛け声のもとになったと言われています。

蹴鞠には有名な逸話があり、中大兄皇子が蹴鞠を楽しんでいたとき靴が脱げて、それを中臣鎌足が拾ったことからふたりの交流が始まり、645年の大化の改新につながったとされています。
また、『源氏物語』では、蹴鞠はしばしば宮中の遊びとして描かれ、平安時代には皇室や公家の遊びとして定着していたことを示しています。
蹴鞠の流派には、公家では御子左(みこひだり)家・難波家・飛鳥井家、神社では賀茂社社家の流儀の計4流儀があり、室町中期まで続きました。その後、御子左家と難波家は衰え、現在は飛鳥井家と賀茂社の流儀だけが残っています。
蹴鞠は鎌倉〜室町時代には武家に愛好され、江戸時代に入ると町人の間にも広がっていきました。 明治時代に入って西洋の文化が入って近代化が進むとともにすたれつつありましたが、1894年、日清戦争広島大本営にあった明治天皇を慰めるために、旧華族らが蹴鞠を天覧に供した際、明治天皇から「蹴鞠を保存せよ」と激励を受け、1907年、御下賜金と鞠と装束を贈られて蹴鞠(しゅうきく)保存会が誕生し、蹴鞠が復興されることになりました。

白峯神宮は、時代とともに技能や芸能の神とされるようになっていきました。そして、1998年、サッカーワールドカップフランス大会に日本が初出場した際、新聞やテレビで紹介されたのをきっかけにして「サッカーの神様」とされ、全国からサッカーチームのメンバーやサッカー関係者が訪れるようになりました。
2001年には蹴鞠の碑が建立され、近年はサッカーから範囲が広がって、「球技の神様」とされることもあります。
摂社としては保元の乱のとき、崇徳天皇(当時上皇)について戦った源為義、源為朝を祀る伴緒社(とものをしゃ)もあり、とくに源為朝は平安時代末期を代表する豪傑であったことから、「武道の神様」ともされています。そのため中学生や高校生を見かけることも多く、現在では修学旅行でも人気のスポットとなっています。


白峯神宮本殿

門を入ると、正面に本殿があります。


供えられたサッカーボール

お守り授与所の近くには、あちこちのサッカーチームから奉納されたサッカーボールが飾られています。


「キャプテン翼」奉納いろいろなボール

『キャプテン翼』の作者から奉納されたサッカーボールもあります。ラグビー、バレーボール、野球などいろいろな球技のボールも奉納されています。


お守り

白峯神社のお守りは、いかにもスポーツの神社という感じです。


三葉乃松三葉乃松の葉

普通、松葉は2本でワンセットですが、白峯神社の「三葉乃松」の葉は、その名の通り3本でワンセットになっています。


地主社

鞠の神様、精大明神を祭る摂社の地主社です。本来の御祭神より有名になってしまったということですね。


伴緒社

源為義と源為朝を祀る伴緒社(とのもをしゃ)です。


崇徳天皇碑昭和天皇お手植えの松

左は崇徳天皇をしのぶ碑です。右は昭和天皇お手植えの松です。

【公式ホームページ】

白峯神宮


京都観光街めぐり

【白峯神宮の基本情報】

●正式名称

白峯神宮(しらみねじんぐう)

●主祭神

崇徳(すとく)天皇
淳仁(じゅんにん)天皇

●ご利益

球技・武道・スポーツ全般での活躍

●住所

〒602-0054 京都市堀川今出川東入飛鳥井町261

●電話

075-441-3810

●見学に要する時間

10分〜30分ほど。

●拝観時間

9:00〜17:00
※時間外でも立ち入りはできますが、お守りの授与などは時間内のみ。

●休日

年中無休

●駐車場

●拝観料

境内 無料

●車いすによる拝観


【白峯神宮へのアクセス】

●京都駅から
市バス9系統二条城・西賀茂車庫行き、または市バス101系統二条城・北野天満宮・金閣寺行きに乗り、「堀川今出川」下車、徒歩すぐ。
●四条河原町から
市バス51系統立命館大学行き、または12系統金閣寺立命館大学前行きに乗り、「堀川今出川」下車、徒歩すぐ。
※他路線バスでも行けたり、他ルートがある場合もあります。


【白峯神宮の年間行事】

1月

●1月1日
歳旦祭

国家の安泰と人々の幸せを祈願します。

2月

●節分の日
節分祭

節分行事を行います。豆まきは15:00からです。

4月

●4月14日
春季例大祭 淳仁天皇祭

淳仁天皇を祀る祭祀を行います。10:30からは蹴鞠が奉納されます。

5月

●5月5日
子供の日

武道奨励繁栄祭および古武道奉納報告祭が行われます。古武道の奉納は11:00からです。

7月

●7月7日
精大明神例祭

鞠の神様、精大明神に蹴鞠を奉納します。蹴鞠は15:00からです。

9月

●9月21日
秋季例大祭 崇徳天皇祭

白峯神宮の最も大きな祭りです。夕方から薪能が演じられます。

11月

●11月5日
伴緒社祭

源為義と為朝親子の祭祀が行われます。


【白峯神宮の歴史】

保元の乱に敗れて讃岐国に流された崇徳天皇の慰霊のため、孝明天皇が創建を願い、その死後、 遺志により、1868(明治元)年讃岐の白峯陵より神霊を迎えて、明治天皇によって創建されました。 さらに次いで1873(明治6)年、奈良時代の恵美押勝の乱により、淡路島に流された淳仁天皇の神霊を迎えて合祀されました。


【公式ホームページ】

白峯神宮


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