北野天満宮

北野天満宮は、菅原道真を祀った神社です。全国の天満宮の中心であり、京都では「天神さん」と呼ばれて、敬愛されています。


菅原道真は、父祖3代続く学者の家に生まれました。幼いころから抜群の学才を発揮し、人柄は廉潔で、宇多天皇や醍醐天皇からの信もあつく、右大臣にまで昇進しました。 しかし、ライバルであった左大臣、藤原時平によって 「菅原道真は、娘が嫁いだ醍醐天皇の弟、斎世親王を担いで天皇の廃立を企てております」と讒言され、それがもとで大宰府に流されて、望郷の念を抱いたまま、世を去りました。
その後、京の都では、異変が続きました。

909年:藤原時平が若くして急死
914年:左京で大火
918年:火災頻発・紅花高騰
923年:咳(せき)の病の流行
930年:清涼殿に落雷し、死傷者が発生・疫病の流行・醍醐天皇が死去
931年:群盗の横行・宇多法皇が死去
938年:地震発生

…といった具合です。人々はこれを「菅公のたたり」として怖れ、朝廷は霊を慰めるために正一位太政大臣の官を贈りました。

あるとき京の都に住む童女の巫女、多治比文子(たじひのあやこ)がお告げを受け、小さな祠をつくって、菅原道真を祀りました。これがきっかけのひとつとなって、947年に建立されました。

北野天満宮は、「学問の神様」とされています。『類聚国史』など、大きな学問的業績を残した菅原道真だけに「それも当然」と思われますが、 実は学問の神とされるようになったのは、わりと新しく、江戸時代からです。よく寺子屋で祀られていたようです。

今では、梅園も有名です。これは、菅原道真が太宰府で京の都を懐かしんで読んだ歌がもとになっています。

東風(こち)吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな


梅が咲く北野天満宮の社殿

北野天満宮が最も華やぐ季節…それは、早春です。まだ、冬の気配の残る2月、紅白の梅が花開き、春の訪れを告げます。


北野天満宮の梅林 北野天満宮の紅梅

昔、中国から「花見」の習慣が伝わったとき、「花」は梅を指しました。道真公が愛した梅とは、春を告げるメタファーとしての花でもあったのです。北野天満宮の敷地の一部は、広い梅林になっていて、花の季節には公開されます。

北野天満宮の梅干しづくり

梅林の梅は、たくさんの実をつけます。梅は塩漬けにされ、7月中旬から8月下旬にかけて干されて、梅干しとなります。4週間かけて、カラカラに干し上げるのが北野天満宮流。 甘酸っぱい梅の香りが、境内に広がります。


雨に濡れた北野天満宮

土用干しの頃とは、梅雨の終わりの時期にあたります。梅雨明け前に北野天満宮に行ったら、雨に降られてしまいました。
「雨もまた風情なり」と思いたいところですが、遠雷の音が近づいてきて、やがて激しい雷と稲光が…。道真公といえば雷神ですから、ちょっと怖かったです。


北野天満宮の牛の石像

北野天満宮と牛は、切っても切れない関係です。道真公が生まれた年が丑年であったとか、道真公が亡くなったとき、亡骸を引いた牛が途中ですわりこんで動かなくなり、やむなくそこへ葬った、という話もあります。 そのため北野天満宮の牛は、ほとんどが臥牛です。


北野天満宮の狛犬(左)

神社にお約束の狛犬です。何体もあります。これは左側のもの。


北野天満宮の狛犬(右)

こちらは右の狛犬。左右で対になっています。左と右、上と下、男と女、善と悪。…彼岸と此岸。この世界は「対」でしか存在しないのかもしれません。


北野天満宮の紅葉のライトアップ

こちらは秋の北野天満宮。紅葉が華やかな時期には、ライトアップも行われます。とても、きれいです。


この場所を含む京都観光コースガイドへ

◎大徳寺と西陣周辺


京都観光街めぐり

【北野天満宮の基本情報】

●正式名称

北野天満宮(きたのてんまんぐう)

●通称・別名

北野の天神様/天神さん

●主祭神

菅原道真 (すがわらのみちざね)

●ご利益

学業成就、五穀豊穣など
※とくに学業成就で知られ、全国から受験合格祈願の参拝客が絶えません。
※冤罪を晴らす神としても知られています。

●住所

〒602-8386 京都市上京区馬喰町

●電話

075-461-0005

●見学に要する時間

30分〜1時間ほど。

●拝観時間

4月〜9月 5:00〜18:00
10月〜3月 5:30〜17:30
※社務所が開いているのは、9:00〜17:00です。
※毎月25日は21:00まで

●休日

年中無休

●拝観料

無料

●宝物殿開館日

・1月1日
・毎月25日
・梅の時期
・4月10日〜5月30日
・紅葉の時期
・12月1日
・宝物殿拝観料:一般300円/中高生250円/小人150円
※宝物殿は、9:00〜16:00です。
※30名以上の団体は、通常開館日以外でも受付可(要予約)

●梅苑公開

・期間:2月初旬〜3月中旬(梅の開花状況による)
・時間:10:00〜18:00
・入苑料:大人600円/小人300円 (茶菓子付き)
※30名以上は1割引(土曜・日曜・祝日・25日を除く)

●駐車場

あり(乗用車約300台、無料/バス50台、無料)
・時間 9:00〜17:00
※駐車場は毎月25日、縁日のため閉鎖。

●車いすによる拝観

可(宝物殿と拝殿は不可)


【北野天満宮へのアクセス】

●京都駅から
市バス205系統西ノ京町・金閣寺行きに乗り、「北野白梅町」下車
徒歩7分
●四条河原町から
市バス10系統北野天満宮、御室・山越行きに乗り、「北野白梅町」下車
徒歩5分
※他路線バスでも行けたり、他ルートがある場合もあります


【北野天満宮観光のワンポイント】

神の使いとされる牛たちがみな横たわっている中で、唯一立っている牛がいます。それは石像ではなく、拝殿の上の欄間に刻まれています。

北野天満宮の「立ち牛」

▲北野天満宮の「立ち牛」
上半身をねじって、菅原道真の不幸を悲しんでいると言われています。


【北野天満宮観光の年間行事】

1月

●1月2日〜4日
筆始祭と天満書(ふではじめさい/てんまがき)
・筆始祭2日9:00〜
・天満書2日〜4日10:00〜16:00

学問の神、菅原道真は書道の神としても崇敬され、書道の上達を祈願したのち、絵馬所にて神前書初めを行います。

●1月25日 
初天神(はつてんじん)

毎月25日は天神様の日。その中でも1月25日は初天神と呼ばれ、多くの参拝客でにぎわいます。

2月

●2月立春前日
節分祭
・神儀10:00〜
・追儺式13:00〜

鬼を祓い、福を呼ぶ神事です。鬼を追う追儺式、豆まきなどが行われます。

●2月25日
梅花祭
・祭典10:00〜11:00
・茶会10:00〜15:00

903(延喜3年)2月25日に世を去った菅原道真を偲ぶ祭典です。茶会も開かれます(野点拝服1500円)。

6月

●6月1日 お守り授与 朝5:00〜
火之御子社例祭(ひのみこしゃれいさい)

北野天満宮の鎮座より前からこの地にある摂社の火之御子社は、平安時代には雷電・火難・五穀の守護の神とされていました。現在は雷よけの神として、ゴルファーや釣り人の信望を集めています。 神事は朝4:00から始まりますが、これは非公開。5:00から終日、お守りが授与されます。

●6月25日 9:00〜
御誕辰祭・大茅の輪くぐり(ごたんしんさい・おおちのわくぐり)

この年の前半、暮らしの中で身についてしまった穢れを祓います。御誕辰祭は6月25日の早朝5:00からですが、大茅の輪くぐりは6月30日16:00まで、ずっとできます。

7月

●7月7日
御手洗祭(みたらしさい)・七夕祭(たなばたさい)
・御手洗祭10:00〜
・七夕祭1:30〜2:30くらいまで

菅原道真が愛用したと伝わる「松風の硯」やナスやキュウリなどの夏の野菜、そうめん、御手洗団子などを備えて祭典が行われます。七夕飾りがきれいです。

8月

●8月4日 9:00〜
例大祭(れいたいさい)

農作物の豊かな稔りと皇室の安泰、国家の隆盛を神に祈念します。

10月

●10月1日〜5日
ずいき祭

京都を代表する秋祭りのひとつです。
・1日:神幸祭(しんこうさい) 出御祭9:30 /行列出発13:00 、 西ノ京御輿岡町の御旅所着16:00
・2日:献茶祭  10:00
・3日:甲御供奉饌  15:00
・4日:還幸祭(かんこうさい)  西ノ京御輿岡町の御旅所発10:00 /行列出発13:00 、北野天満宮着16:00
・5日:后宴祭(ごえんさい) 八乙女の舞が奉納されます。

●10月29日 14:00〜15:00
余香祭(よこうさい)・披講式(ひこうしき)

菅原道真は右大臣のとき、清涼殿の重陽の宴に召されて詩を詠み、衣を賜わりました。大宰府に流されてのち、そのことを追想して詩をつくったことにより神儀です。

12月

●12月1日
献茶祭(けんちゃさい)
・祭典:10:00〜11:00
・拝服席:祭典終了〜15:00

豊臣秀吉が1587(天正15)年10月1日催した「北野大茶湯(きたのおおちゃのゆ)」による茶の催しです。

●12月25日 
終い天神(しまいてんじん)

毎月25日は天神様の日。その中でも12月25日が終い天神となります。

●12月31日
大晦日の行事

・大祓(おおはらえ) 4:00

1年の暮らしの中でついてしまった穢れを祓い、身を清めます。

・除夜祭(じょやさい)  19:00

今年1年間の無事を感謝し、幸せな新年を迎えることを祈願します。

・火之御子社鑽火祭(ひのみこしゃきりびさい)  19:30

古式に則り、新しい火を切り出します。

・火縄授与

火之御子社鑽火祭で切り出した浄火を中庭のかがり火に移し、大晦日の夜中から元旦早朝にかけて火縄が授与されます。この火を持ち帰って元旦の食事の調理に使うと、1年間無病息災でいられるとされています。

★毎月の祭り

●毎月25日 縁日

菅原道真が亡くなった2月25日にちなんで縁日が開かれ、夜はライトアップされます。

※天候その他の諸事情により中止もしくは変更になることもあります。


【北野天満宮の歴史】

菅原道真は卓越した学者であり、政治家としても活躍しましたが、藤原氏の策謀によって大宰府に流され、903(延喜3)年、京の都を懐かしみながら亡くなりました。 その後、都では落雷などの被害が続き、道真の政敵であった藤原時平が急逝するなどして、菅原道真の怨霊のせいとされました。
942(天慶5)年に右京七条に住む多治比文子(たじひのあやこ)という少女に「都の辺の右近馬場のある北野に社殿を構えて祭祀せよ」という託宣がおりました。 庶民の子である多治比文子にとって、それは難しかったため、自宅内に仮の堂をつくって、菅原道真を祀りました。
947(天暦元)には、近江国の神職の子、太郎丸に同じような託宣がおりました。そのため同年6月9日に、朝廷によって菅原道真を祭る社殿がつくられ、さらに藤原時平の甥、藤原師輔(もろすけ)により、大規模な社殿が寄贈されました。


987(永延元)年、天皇の勅使が遣わされて祭祀が営まれ、「北野天満宮天神」の名が贈られました。また、993(正暦4)年には、朝廷から菅原道真に正一位・右大臣・太政大臣の官位が贈られました。 当時の人々がいかに菅原道真の怨霊の存在を信じ、怖れていたかがわかります。


室町時代の1444(文安元)年、戦火により炎上。のち建て直されて、1587(天正15)年10月1日、豊臣秀吉によって、「北野大茶湯」が催されました。 九州平定後、聚楽第の造営と併せて権威を高揚させる目的があったようです。「北野大茶湯」は大名はもちろん一般庶民の参加もOK、外国人の参加もOKというもので、派手でにぎやかなことが好きな秀吉の人柄が伝わってきます。 今でも水を汲んだ井戸の跡が残されています。
1607(慶長12)年、豊臣秀頼によって、本殿が建てられました。中門東門、絵馬堂、神楽殿、校倉等も現存し、桃山時代の豪快で雄大な気風を今に伝えています。


江戸時代に入ると、菅原道真は学問の神とされるようになり、寺子屋などでも祀られるようになりました。
現在は菅原道真を祀った神社は、全国に12000社もあります。そのほとんどは北野天満宮から分霊されたものです。


「北野大茶湯」の井戸の跡

▲「北野大茶湯」の井戸の跡
北野天満宮の駐車場にあります。


【北野天満宮を含む京都観光コースガイド】

◎大徳寺と西陣周辺


【公式ホームページ】

北野天満宮


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