建仁寺

建仁寺は、栄西によって1202年に開かれた、臨済宗建仁寺派の総本山です。見どころが多いお寺ですので、京都東山へ行くときは、ぜひ立ち寄ってご覧になられたら、と思います。

栄西は宋で学問を修め、帰国後は博多聖福寺、鎌倉寿福寺で禅法を行いましたが、京都に寺を開くことを望み、鎌倉幕府将軍、源頼家の力を借りて、この地に建仁寺を建立しました。
南北朝時代に入り、建仁寺は五山の第三位に列位され、五山文学活動の中心的存在となりました。

栄西は、宋からお茶を持ち帰った人物としても知られ、「茶祖」として、千利休をはじめ茶道に関わる人々から尊崇の念を持たれてきました。
建仁寺では、古い禅宗の規則ともいうべき清規に基づく茶会が今に伝えられ、禅が宋からもたらされた時代そのままの様式で行われているそうです。


建仁寺の庭

屋内から庭を眺めてみました。白い石が並んで、緑の苔に映えています。この石の不思議な並び方が、すでに禅です。


建仁寺の庭

少し近づいてみました。禅寺の庭の意味というのは、よくわからないですが、解釈は人それぞれでよいのでしょう。


建仁寺の達磨像

禅宗の開祖、達磨の肖像です。達磨はインドに生まれた僧です。中国に渡り、洛陽郊外の嵩山寺で壁と向い合って座ること10年にして悟りを開いたと伝説があります。


建仁寺の風神雷神

俵屋宗達によって描かれたと言われる「風神雷神図屏風」です。このような歴史的な名画が無造作に置かれています。おそらくは複製と思われますが、十分に立派です。


建仁寺渡り廊下

では、廊下を渡っていきましょう…。


建仁寺の龍

天井に描かれた龍の絵「双龍図」です。建仁寺を拝観するなら、ぜひ見ておきたいものです。


公式ホームページ

建仁寺


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◎清水寺から知恩院へ


京都観光街めぐり

【建仁寺の基本情報】

●正式名称

建仁寺(けんにんじ)

●通称・別名

建仁寺さん(けんねじさん)
※昔からの京都の人は「けんねじ」と呼びます。

●宗派

臨済宗建仁寺派

●山号

東山(とうざん)

●本尊

釈迦如来

●住所

〒605-0811 京都府京都市東山区大和大路通四条下る4丁目小松町584

●電話

075-561-6363

●見学に要する時間

45分〜1時間半ほど。

●拝観時間

3月〜10月 10:00〜17:00
(16:30に受付終了)
11月〜2月 10:00〜16:30
(16:00に受付終了)

●休日

12月28日〜12月31日/行事による不定休

●駐車場

あり(普通車30分200円/拝観の方は1時間無料)

●拝観料

大人  500円
大学生 500円
高校生 300円
中学生 300円
小人  無料

●車いすによる拝観

可(入り口に3段ほどの階段とその他多少の段差がありますので、付添人が必要。建物に上がるときは、車輪をふいてください。障害者用トイレもあります。)
※障害者証明証持参の方および付添人1名、無料。


【建仁寺へのアクセス】

●京都駅から
市バス206系統北大路バスターミナル行きに乗り、「東山安井」下車
●四条河原町から
徒歩圏内です。四条大橋を渡って、南東へ。
※他路線バスでも行けたり、他ルートがある場合もあります。


【建仁寺観光のワンポイント】

建仁寺はふすま絵が見事です。また、祇園の繁華街にあるので、食事処を探すのに便利です。


公式ホームページ

建仁寺


【建仁寺の年間行事】

3月

●3月15日 涅槃会(ねはんえ)

釈迦が入滅したことに対する法要です。

4月

●4月8日 仏誕生会

釈迦が誕生した日を祝う法要です。「花まつり」とも言います。

●4月20日 開山降誕会(四頭茶会)

建仁寺の開祖、栄西の誕生を祝う法要です。栄西は中国から日本に茶を持ち帰って伝えた人物なので、禅院の茶礼が催されます。

6月

●6月5日 開山忌

建仁寺の開祖、栄西が亡くなった日に行う法要です。

7月

●7月30日 布薩会

戒律を守ることに厳格であった栄西伝来の一種の授戒会です。

8月

●8月18日 頼家忌

建仁寺の開基である鎌倉2代将軍、源頼家の忌日法要です。

11月

●11月5日 達磨忌

中国の禅宗の始祖である尊者、達磨(だるま)の忌日法要です。

12月

●12月8日 成道会

釈迦が苦行のあと、明星を見て大悟した故事にちなんで行う法要です。


★毎月の祭り

★毎月第2日曜日 8:00〜 座禅体験

興味がある人なら、だれでも参加できます。費用は無料、予約も不要です。

建仁寺座禅体験

※天候その他の諸事情により中止もしくは変更になることもあります。


【建仁寺の歴史】

建仁寺は1202(建仁2)年、鎌倉幕府第2代将軍源頼家の援助を受けて、栄西によって開かれました。栄西は臨済宗の祖として知られますが、創建時の建仁寺は、天台・密教・禅の三宗を学び、実践する道場でした。
純粋に禅の道場となったのは、1265(文永2)年に宋の禅僧、蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)が入寺して、禅の作法や禅院の規則が厳格に行われるようになってからです。


室町時代に入ると、室町幕府により京都五山が制定されて、建仁寺はその第三位とされて栄えましたが、やがて幕府の力が衰退すると、応仁の乱などの戦乱によって、荒廃しました。
しかし、織田信長や豊臣秀吉の時代にあたる天正年間になると、安国寺恵瓊(あんこくじえけい)が方丈や仏殿を移築して復興が開始され、徳川幕府の保護のもと、堂塔が再建されました。


明治時代には政府の政策を受けて臨済宗建仁寺派として独立し、その大本山となりました。また、廃仏毀釈、神仏分離のために塔頭(子院)の統廃合が行われ、境内は半分近く縮小され、現在に至っています。


【建仁寺を含む京都観光コースガイド】

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【公式ホームページ】

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