実相院

実相院は、京都市の北部、岩倉に建つ美しいお寺です。その閑静な美しさは、京都でもとくに際立つものだと、私は個人的に思っています。
この辺は私の好みでありますが、こじんまりしていて、美しい庭を眺め、季節の風を感じながら長い時間ボ〜ッとしていられるようなところが好きなのです。

実相院は1229年、藤原兼基の子、静基(じょうき)僧正を開基として、紫野に創建されました。 その後、京都御所より北西の今出川小川付近に移転しましたが、応仁の乱を避けて、さらに岩倉の地へ移りました。

江戸時代に入って皇室との縁が深まり、門跡寺院となりました。門跡寺院とは皇孫が出家して寺主となったお寺のことです。

今日見る実相院は、典雅にして質朴。閑かで、美しいお寺です。

さて、実相院には京都好きの人の心を魅了して止まない「名物」があります。
「床緑」と「床紅葉」です。
縁側から室内へ続く木の床は長年の間に磨き上げられて黒光りしているため、初夏のころは木々の緑を映し、秋には庭の紅葉を赤く照らし出すのです。 それを暗い室内から眺めたときの美しさは、格別です。

このお寺の中にだけ、別の時間が流れている。…そんな感じがします。

実相院の石庭

ある雨の日、実相院を訪ねてみました。雨は景物を美しく見せてくれます。おまけにほかに参拝客はいません。一人占めです。 雨に煙る石庭がひときわ美しく感じられます。


実相院の庭

雨はしとしとと池に降り注ぎます。樹々の緑がつややかです。


実相院の庭のつくばい

つくばいに花が添えられていました。美しい形です。


実相院の庭の桜

こちらは春の実相院。桜が慎ましく咲いて、石庭に彩りを添えます。


実相院の庭の紅葉

こちらは秋の実相院。庭にカエデの紅葉が燃えています。
この紅葉が床に映ると……


実相院の床紅葉

床に映った紅葉が「床紅葉」(水彩画)。心に深く響く美しさです。


京都観光街めぐり

【実相院の基本情報】

●正式名称

実相院(じっそういん)

●通称・別名

実相院門跡(じっそういんもんせき)、岩倉実相院(いわくらじっそういん)、岩倉門跡(いわくらもんせき)

●宗派

特定の宗派に属さない単立宗教法人(もとは天台宗寺門派)

●山号

岩倉山

●本尊

不動明王

●住所

〒606-0017 京都府京都市左京区岩倉上蔵町121

●電話

075-781-5464

●見学に要する時間

30分〜1時間ほど。

●拝観時間

9:00〜17:00
(受付終了30分前には入場してください。)

●休日

不定休

●駐車場

あり(ただし秋期の利用は不可)

●拝観料

大人  500円
中学生 250円
小学生 250円
※団体利用については、要問い合わせ。

●車いすによる拝観

不可


【実相院へのアクセス】

●京都駅から
地下鉄烏丸線で「国際会館」へ(約20分)→京都バス「岩倉実相院」行きに乗って、終点下車。
●岩倉駅から
京都バス「岩倉実相院」行きに乗り、終点下車。
※岩倉駅から1kmほどなので歩けますが、目印がなく迷いやすいので、バスがお勧めです。
歩く場合は、第二北山病院といわくら病院を目標にしてください。そこからすぐです。
●四条河原町から
ナムコタワー前から京都バス「岩倉実相院」行きに乗り、終点下車。
※他路線バスでも行けたり、他ルートがある場合もあります。


【実相院観光のワンポイント】

実相院はほかの観光ポイントから離れて、ポツリとあります。少しまわりにくのですが、併せるなら「鞍馬寺や貴船神社へ行った帰りに岩倉駅で降りる」などとするとよいでしょう。
なお、実相院から河原町へ出るのはバスで1本なので、楽です。


【実相院の年間行事】

毎年、多くの特別公開や展覧会が不定期で催されます。くわしくは実相院公式サイトへ
実相院の年間行事
※天候その他の諸事情により中止もしくは変更になることもあります。


【実相院の歴史】

実相院は、1229(寛喜元)年、静基(じょうき)僧正が、紫野(京都市北区/大徳寺などがある)に寺をつくったのに始まりました。 その後、今出川小川(京都御所のやや北西寄りの地域)に移りましたが、応仁の乱を避けて、現在の場所に移転してきたとされています(応仁の乱による荒廃を経て移転してきたという説もある)。
静基僧正は、関白の鷹司基通の孫に当たり、このころから天皇の血筋を引く皇族が住職を務める門跡寺院であったと思われます。


その後、江戸時代中期に義周(ぎしゅう)法親王が門跡となったとき、京都御所から大宮御所「承秋門院(じょうしゅうもんいん)の旧宮殿」の一部が下賜されました。
それらは、実相院正面の「四脚門」、玄関横の「御車寄」、そして「客殿」にあたります。当時はここで、格式高い家柄の人々が和歌の会やお茶会などを開いていました。


江戸時代末期には、岩倉具視が寝泊まりしたり、密談をしたりした記録も残されています。


【実相院近くの見所】

すぐ近くに岩倉具視が幽棲していた家があります。外観だけですが、見ることができます。場所は、表示があるので、すぐわかります。

岩倉具視幽棲旧宅

▲岩倉具視幽棲旧宅
岩倉具視は幕末の争乱に際して公武合体運動を進め、皇女和宮の将軍家降嫁に尽力しました。しかし、倒幕急進派の弾劾を受けて、1862(文久2)年9月から1867(慶応3)年まで、ここに蟄居していました。


【公式ホームページ】

実相院


京都観光街めぐり