清明心

(せいみょうしん・きよき、あかきこころ)

日本人というのは、思想や宗教に対して、非常にいい加減な国民です。クリスマスや、最近はハロウィンまで、 すっかり根づいてしまいました。
食べ物だって、フレンチ、イタリアン、中華、アジアンと、何でもござれです。
こういう民族も少ないでしょう。イタリア人はイタリア料理ばかり食べていますし、中国人は中華料理ばかり食べています。

日本人がなぜ何でもかんでも受け入れるのか、ということについて、私の知る限りで最も正鵠を射た考察を行ったと思われるのは、司馬遼太郎です。
出典となる本のタイトルは、『手掘り日本史』(集英社文庫)です。要点を書くと、次のようなことです。

日本人は、フライパンに似ている。しめ縄を張った中に座っていて、マルキストが入ってくればマルクスについて話をする。キリスト教徒が入ってくれば、キリスト教の話をする。
日本人には「思想」というのものは、理解できない。すべてをテクノロジーのように捉えてしまう。

この「しめ縄を張った中」というのは、清明心のことでしょう。すなわち、神道の世界です。
司馬遼太郎は、同じエッセイの中で、天皇の本質を「大神主」であるとしています。

私は、最近、清明心がどこから来たか、思い巡らせています。資料に基づいているわけではないので、学問ではありません。あくまで想像です。

『古事記』や『日本書紀』が確立したころには、すでに古代神道は形成されていたようです。
しかし、神代というのは、実際にはなかったはずです。中国、朝鮮半島、それに日本の間では、現代人が思うよりはるかに交流があり、交易も戦闘も行われていました。

最初の神主は、だれでしょうか? やはり、卑弥呼(日巫女/日皇女)?
では、卑弥呼の正体は、何でしょうか?

小林恵子さんが主張されているように、後漢末に中国から渡ってきた道教系の術師だったのか?
しかし、神道にも道教にあるような五行などの考えはありますが、その性格は弱く、神道と道教は、かなりちがうような気がします。
神道の基盤にある浄と不浄の考えは、インドにもありますが、その影響下に成立したかと言えば、ピンとは来ません。

すると、日本で生まれ育った人物だったのか? まあ、このへんのことはわかりませんが、古代神道の内抱する清明心が日本人の無思想性のもとになっていることは、まちがいない、と思います。


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