桓武天皇

(かんむてんのう)737-806年

桓武天皇は、現在の京都にあたる平安京をつくった絶対権力者です。 平城京(現在の奈良市)から長岡京(現在の京都府向日市・長岡京市周辺)へ、 そして長岡京から平安京へと、わずか10年間の間に2回も遷都を行っています。合理的には考えにくい行動なので、 小松和彦氏のように、 「怨霊を恐れたのではないか」と考える人もいます。当時は、怨霊は本気で恐れられていましたからね。

平安京建設のほかにもうひとつ、桓武天皇は大きな事業を行ってします。東北地方にいた蝦夷の平定です。 父の光仁天皇のころから、 租庸調などに反発したのか、蝦夷がよく騒ぎを引き起こすようになりました。そのため坂上田村麻呂に命じて軍を送り、平定しました。
これによって、朝廷の威信は高まり、力の及ぶ範囲が広がりました。

ただ、こうした事業は民衆の多大な犠牲の上に成り立つものです。桓武天皇は、逡巡した末、ついに兵役や土木工事を中止する決断を下し、 それからしばらくして死去しました。
つまり、死のまぎわに自分の政治がいかに多くの犠牲を強いたのか、思い巡らせたわけです。
しかし、この決断によって、桓武天皇は偉大であると同時に慈悲深い天皇として歴史に名を残すことになります。

なお、桓武天皇より以降、名前に「武」がつく天皇は登場しません。天皇の名は、死後、業績や人物などをもとに冠せられるものであることから考えれば、天皇が権力を握って、武を行使する時代は終わったのです。


◎歴史と人物のページへ


京都観光街めぐり